川村美紀子/gypsy (ジプシー)



川村美紀子

1990年生まれ。
2011年コンテンポラリーダンス界に現れ、ソウル国際ダンスフェスティバル、ダンストリエンナーレトーキョー、ポーランド・マルタフェスティバル、フィンランド・ヨヨオウルダンスセンター、ベトナム・Europe meets Asia in Contenporary Dance、クロアチア・Domino Projectなど、いずれもフェスティバル史上最年少振付家として招聘され作品を発表。

横浜ダンスコレクションEX最優秀新人賞、日本ダンスフォーラム賞、HARAJUKU PER

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エナジーの放射線

やっとのんびりできる日々。出勤前チャリこいでたら、池袋東口の駅前にて爆音で踊る青年に遭遇。J-POPをひたすら流し続け、黒いタンクトップに半ズボンで舞うという謎のスタイル。そして地面には〝大きなアンプください〟〝彼女募集中〟という自筆のポップ。これで、彼の中での整合性は取れているのだろうか。4曲目が終わったところで話しかけると、意外にも物腰柔らかな感じがまた狂気だった。『いつも踊ってるんですか?』「はい!ずっと渋谷でやってたんですけど、色々厳しくて。池袋は今日が初めてなんですよ〜」『こんな感じで?』「僕、音がかかると勝手に身体が動いちゃって、、う、動いちゃうんです!」これが、ガチダンサーである。と私は思っている。突き動かされる衝動のままに・・たとえまとも風なお仕事となりえようが、永遠の素人メンタルでありたいものでござる!などと言えるほど、自分がプロフェッショナルでもないのがまた厄介でもある。いつでもあいまいだ。彼の語り口がどんどんアツくなってきたので、持っていたホットコーヒーを渡して去った。駐輪場にチャリンコを停め、ご機嫌で裏路地を走っていると、靴の音がいい感じに響いた。遠くにいた工事現場の作業員に「はい、あちらから勢いよく走ってくる方が通りまーす!」と促される。

劇的アンビバレンツ

ここのところ、思いのほかダンスに熱中してしまった。生活をないがしろにしないよう、豆苗を育てている。傍若無人に育ちすぎて、観葉植物なのか食べ物なのかわからない。深夜、やっつけで料理配信したら美味しくて、地味にハッピー。久しぶりに出勤したら揚げ物することになり、クッキングペーパーを皿に敷き続けた3時間。ポテトチップス揚がりすぎて若干トラウマになった。みんなすげーな。同年代との仕事が終わり、礎を築いてきたであろう人とか、妙な夫婦や商業の方々、草分け的な存在と酌み交わすミラクル続き、実りある秋でございやした。「若輩者ですゆえ、どうかひとつ胸を借りるつもりで・・」という姿勢だったが、気づいたら胸ぐらつかんでたような気がする。お里が知れる。よくわかんなかったけど色々ガチだった。こうやって遠回しにメンチ切れる存在がいること自体、幸福と言わずしてなんといおうよ。別に年齢とかじゃないけど、同い年にいたら最高なんだろう、ヤバい奴が。巡り会えますよう。今朝亡くなったはずの祖父が棺桶から生き返り、親族が大喜びしているそのそばで「てかおじいちゃまが生き返ったんじゃなくて、実はうちら全員死んでんじゃね・・?」と、ひとり絶句して目覚める。夢の中で生き返った祖父は「おう!」と満面の笑みで、元気でた。

インフレーション

ありがたいことに、ダンスの依頼が続々と入ってくるこの頃。相変わらずどこに需要があるのか謎だ。メール開くたび、そういう気持ちと嬉しさとがないまぜになって若干半笑いになる。そして出演情報のためにウェブサイトを更新したものの、重い。読み込み遅すぎて、待ち時間に耐えられないせっかちな人間が淘汰されるシステムになりつつある。2000年代初期によくいた中学生のように、未だにhtmlで無駄なこだわりを発揮しているのが原因だ。一回ちゃんとやってもらった方がいいのかなぁプロに。いま風な、画像がウィーンと動くやつ。実際何の知識も無い私は、今宵も様々な人物のソースコードを徘徊する・・うーん、やはり阿部寛さんのサイトが一番かっこいい。老舗だ。このまま重みに拍車かけるのもいいなと思って何気なくぷりんてぃんのソース見たら、マスカットティー吹いた。この前ダンサーに「ネットサーフィンって何ですか?」と問われ、愕然としてディレクトリ検索から説明した。あいまいだしなんとなくだけど、平成生まれの中での微々たるジェネレーションギャップを感じた。無料配布されてるクソゲーの体験版ディスク収集から始まり、Windowsの端っこに出てくるイルカをドラえもんにして酷使させる家畜プレイ、そしてポストペット。「ゥ于等@ホムヘo☆ゅ⊃<┗」∪τ⊃〒пё(・∀・)‡└|/ヽ〃ン∋口♪」キリ番をいちいち報告しあう文化。今思うと、奇跡ですらある。なんか大正ロマンとかのノリで、ギャル文字また復活しないかな。